被害者は過去最大。
全米史上最悪の銃乱射事件となった。

片田舎の大学の町、フットボールの強豪。今自分がいる環境に似ている。




さかのぼる事五年半、テロ事件が起こった。

そして復讐に近い形で戦争が始まった。
支持する者、反対する者。

未だに終わりを迎えていない。

やりきれない思いを晴らしたいのはわかる。
もし、戦争が起こってなかったとしても、
今と同じような煮え切らない状況だっただろう。


でも、一体誰が何を手に入れた
その先に得るものはあったのか、
その一方で誰が何を失った、
その答えは数限りなく存在する。


全米で、毎年銃による被害で命を失う人が一万を越すらしい。


去年秋から、二度学校を舞台にした事件があった。
そしてその都度、犠牲者が出ている。


言い方を変えれば、今回は史上最悪となっただけ。


規模が大きい小さい、なんて事は問題じゃない。
むしろ、大きくなるまで、
事態が深刻な状況になるまであまり大きく取り上げない、
問題視しないメディア、政府、環境に問題がある。



正直昨日の夜、犯人がアジア系の留学生という情報を耳にした時、疑った。

犯人が外部から来た人間なら、アメリカは国として被害者で済む。
白人のアメリカ人だったら、国としては大恥である。


今日、ジャーナリズムのクラスがあった。


インストラクターのかつての教え子が凶弾に倒れた。
今までに無く重い空気だった。


昨日の夜考えてた事など、どうでもよくなった。


彼は今まで起こった銃乱射事件について語った。
こんな時に限って強い睡魔にやられていた自分が情けなくて仕方がなかった。


最後に黙祷を捧げた。いつもより二十分近く早く授業は終わった。


何より一番つらいのは遺族、犠牲者と親しい人達。


テロが起きたとき、犠牲者の親友が報復だけはしないでほしい、
と言っていたテレビのニュースを思い出した。


他の誰よりつらいのに、他の誰より憎いのに、
でもあの言葉は届かなかった。


ネットで犯人の中傷が始まっている。
韓国出身、現在アメリカでくらす人達の肩身が狭くなる。
とりわけアジア人として自分も多少居心地が悪くなるかもしれない。
周りがそうでなくても、自分が今そう感じている時点でそうだ。


友達に一人、イラク出身の留学生がいる。
彼に会った時、他の留学生と違って俺は聞けなかった事がある。


自分の国ってどんな感じ?


聞かなかったのかもしれない。
そこにある種の偏見があったのは確かだ。固定概念と共に。


八年前にコロンバイン事件があった。

そして一つの映画が作られた。
そしてそこでNRAとアメリカの銃社会の実態を知った。

鋭く、優しいようで強く投げかけるような内容だった。

でもまた繰り返した。前よりも大きな代償を伴って。


アメリカは危険、そんなイメージがまた強くなるだろう。
より一層外部から来る人に対して風当たりが悪くなる。


銃を規制すれば、事態はよくなるかと言えば言い切れない。
事件の凶悪さはやわらぐかもしれない。


でもやはり規制してみないとわからない。

銃の保持を支持する人達の言い分、

銃が悪いのでない、使う人が悪い。

それはそうだ。

でも、映画で銃の所有率がアメリカより多いカナダで、
銃による被害が少ない事も言っている。

それに対しNRAは、護身のためだ、犯罪は映画やゲームの影響だ。

メディアの影響で護身以外に使って犯罪に走る位なら、
銃なんて最初から持たない方がいい。


あの映画を見て俺が思ったのは、

NRAの会長は銃を持つ事なんてどうだっていいんだと思う。
彼が欲しいのは権力とお金、そしてその手に入れた地位を守ること。

日本の政治家もそうだ。


一回みんな壊したらいい、ゼロから全部はじめたらいい。


でもそんなこと今更できるはずがない。


何を隠そう、今回こそ一つ何かいい方向に向かって欲しい。


何よりもう意味も無く人が命を落とすのは散々だ。

特に同じ大学生。同じような環境。

彼らの死が無駄にならないよう、
もうとっくに大学を卒業した立派な大人たちが道を切り開いてくれる事を祈る。


この場をかりてVirginia Tech で犠牲になった方々に追悼を捧げます。